2019/12

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SGFT016 SADDLE RIDERS JKT

リニューアルをするところまで紹介した。

詳細の前に縫製工場に関して書きたいと思う。


今から約2年半前にさかのぼる。


10年前から
SGFのアイテムは秋田のとある縫製工場にて開始当時から二人三脚で進めていた。
つまり、企画、生地等は児島で岡山で行い
縫製は秋田
仕上げ、洗い加工は岡山
という流れでモノ作りをしていた。

当時、岡山の会社働いていたので岡山で頼める工場に規制があったこともあり
岡山では良い縫製工場が見つからず困っていた所

偶然知り合ったのがこの秋田の工場。

某NBブランドの協力工場として、東京コレクションブランドのボトム縫製として長年続けてきた技術もさることながら
社長であるC氏の心意気に感銘を受け、この工場と取り組んでいきたいと決意した。

縫製工場は「1日に何本縫ってナンボ」の性質が強い。
一日工場を営業するということは、設備費、人件費、光熱費が一定量かかる。
その金額を一日に稼ぐ金額が上回らなければ赤字となる。

一番縫製工場の利益を上げるのは
縫いなれたものを、なにも考えずガンガン縫っていき、一日の縫製本数を上げること。


よって、難しい仕様や、やったことの無い仕様には非常に消極的。
岡山の縫製工場も大半にも当てはまる。



しかし、C氏は違った。

縫製工場社長の前にジーンズ愛が上回るような方で
「こんな縫い方をしてみたいです…出来ますかね?」と聞くと
「やってみましょう!」と必ず前向きに取り組んでくれた。

SGF101,201の難しい縫製仕様は
こちらの要望をC氏が前向きに取り組んでくれた結果、
少しづつ完成していったもの。

C氏と二人三脚で生み出されたジーンズがSGFのアイテムだった。




そんなC氏から突然の連絡。

「縫製工場を閉めることにした」との内容。

詳しくは話せないがやむをえない事情もあった模様。
今までどんな難しい内容にも必ず答えてくれたC氏。

そんなC氏がこのような決断をしたのはすでに多くのことを考えた後のことだろう。
そう考えるとその決断に対し反対ではあったが、反対することは出来なかった。


C氏の配慮もあって
不幸中の幸い、C氏が工場を閉めるまでにその時点で1年半の猶予があった。
結局SGF501が最後のアイテムとなったが
新しく取り組んでいく工場を探すギリギリの時間は残っていた。



困難にぶつかったときに、人は上をむくか、下をむくかで、その後の人生が大きく変わる。
必ず上を向く。
そして辛くても一歩でも前に進む。


半ばヤケクソになりながら工場を探し始めた。


次回続きます。






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